退職を拒否した後も退職勧奨を続けることは 違法となるか ~横浜地裁令和2年3月24日判決~

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

原告Xは、昭和63年に被告であるY社に入社 し、平成28年4月以降、システムソリューション 部第1グループの課長の職にあった者である。

被告Y社は、日本有数の総合電機メーカーで ある。

A部長は、Xが所属していたシステムソリューション部の部長の職にあった者である。

 

退職勧奨に至る経緯

昭和63年 4月 XがY社に入社
平成28年 4月 Xがシステムソリューション部第1グループ課長に選任
平成30年 8月30日 システムソリューション部のA部長がXに対し、「仕事のア ウトプットが雑過ぎる」などとして、これからのキャリアを真剣に考えてほしいと発言
平成30年 9月 7日 A部長がXに対し、社外転職支援プログラムの受講を勧める旨発言
平成30年 9月27日 A部長がXに対し、社外転身を勧めたところ、Xは「会社を辞めるつもりはない」と発言
平成30年12月27日 A部長がXに対し、 「社内にはXの能力を生かすことのできる仕事はない」「Xの仕事ぶりが若手の平従業員並みである」、「他部署にも受入れの可能性が低い」「能力がなく成果の出る仕事もしてないのに高額の賃金を受け取っているのはおかしい」旨発言

 

Xの請求内容

Xは、A部長による一連の退職勧奨行為は、Xの意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えたもので あり、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であるとして、A部長の行為に不法行為が成立し、Y社には使用者責任が成立すると主張し、損害賠償(慰謝料100万円)を求めて提訴した。

 

本件の争点

本件の争点は、A部長による一連の退職勧奨行為が違法であるか否かという点である。

 

裁判所の判断

退職勧奨が違法となる場合について

退職勧奨は、従業員が退職の意思表示をすることに向けられた説得の要素を伴うもので、いったん退職に応じない旨を示した従業員に対しても説得を続けること自体は直ちに禁止されるものではない。

退職勧奨の際に、使用者から見た当該従業員の能力に対する評価や、引き続き在職した場合の処遇の見通し等について言及することは、直ちには退職勧奨の違法性を基礎づけるものではない。

 

A部長による退職勧奨について

裁判所は、A部長の退職勧奨について、結論としては違法と判断し、Y社に対し慰謝料20万円の支払いを命じた。

違法と判断されたポイントは次のとおりである。

 

  • Xが明確に退職を拒否した後も、複数回の面談の場で行われ、態様自体も相当執ようである
  • 確たる裏付けもないのに、他の部署への受け入れの可能性が低いことをほのめかしており、Xに対し退職以外の選択肢がないかのような印象を、現実以上に抱かせるものであった能力がないのに高額の賃金の支払いを受けているなどと、Xの自尊心を傷つける言動に及んでいる

 

本件のポイント

退職勧奨は、整理解雇に比べると、違法と判断されるリスクが低いことから、新型コロナウイルスの感染拡大により、業績が悪化した企業における人件費を抑える手段の一つとして、注目されています。

 

退職勧奨は、使用者の一方的な意思表示によって行われる解雇と異なり、あくまでも労働者の任意の退職の意思表示によって行われるものなので、解雇に比べると法的リスクが低くなるのです。

 

裁判所も述べるているように、退職勧奨に応じない従業員に対し、継続的に退職勧奨を行うことで、直ちに違法とされるわけではありませんが、不確かな事実を告げたり、不当に自尊心を傷つけるような言動を行った場合には違法と評価される可能性があります。

 

解雇が有効になる可能性が乏しいにもかかわらず「退職勧奨に応じなければ解雇になる」という発言をして退職勧奨を行ったケースで違法と判断されている裁判例もありますので、退職勧奨の際に解雇に言及する場合には、特に注意が必要でしょう。

 

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2020年11月5日号(vol.250)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

 

 

 

       

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