業務上横領の証拠がない!証拠の集め方とその後の対応における注意点

会社で従業員などによる業務上の横領が疑われる事態に直面したとき、横領を決定づけるような証拠がすぐには見つからないことも少なくありません。

しかし、業務上横領に対しては迅速に有効な証拠を集めることができるかどうかが、その後の実態解明に大きく影響します。


証拠の収集が不十分であったり、横領の実態を確認する過程の対応を誤ってしまうと、逆に横領を理由に懲戒解雇をした従業員から懲戒解雇の無効を訴えられたり、損害賠償請求をされたりする危険性もあります。


では、業務上横領が疑われる場合には、どのような証拠を揃える必要があるのでしょうか。

このコラムでは、業務上横領をするとどうなるのか、業務上横領が発生しやすいケースの紹介と、事例ごとの有効な証拠収集の方法、その後の企業が取るべき適切な対応方法についてわかりやすく解説します。

1.業務上横領とは?

1-1 業務上横領罪とは

業務上横領とは、「業務上自己の占有する他人の物を横領すること」を指します。

わかりやすく言い換えると、職務上で自分が管理を託されている会社の金品を、不正に自分(もしくは自分以外の第三者)のものにしたり、使用、転売するなどして利益を得ることです。


業務上横領罪が成立した場合には、刑法第253条の定めるところにより10年以下の懲役刑が科せられることがあります。

業務上横領は会社等の信頼を裏切る行為であり、単純横領罪よりも法定刑が重く定められています。


なお、一般的に「横領」と表現される行為でも、刑法上は窃盗であったり詐欺にあたるものとして処理することがありますので、いわゆる従業員が会社の金員を領得する行為全てが業務上横領罪にあたるものではありませんので、注意してください。

1-2 業務上横領罪の刑罰の判断基準は?

業務上横領罪として有罪となった場合、どの程度の刑罰になるかの判断は、被害額によるところが大きいでしょう。

被害金額が高額で、本人による被害額の返還が難しい場合(被害弁償がなされていない場合)等には、実刑判決となる可能性があります。

そのほかの判断基準として、犯行態様や、犯行動機、社会的な影響などにより総合的に考慮され刑罰が決定されます。


明確に定められているわけではありませんが、目安としては被害金額が100万円を超えており、かつ被害弁償が行われていない場合は、初犯でも実刑判決が下される可能性が高くなります。

ただし、被害額が少額であっても、横領の前科があったり、悪質な犯行と認められれば実刑となることもあります。

また、被害金額が1000万円を下回る場合で被害弁済が完了していれば実刑ではなく執行猶予が付く可能性もあります。


被害金額が数千万に及ぶような、巨額の横領事件の場合には、被害金額を返還していたとしても実刑となる可能性もあります。


ただし、被害金額が高額であっても、会社との間で示談交渉をして示談が成立した、または、被害額がすでに返還された場合などには、刑量が軽くなることが見込まれます。

横領罪の公訴時効は、横領の内容によっても異なりますが、刑事訴訟法第250条2項により以下のように定められています。

・単純横領罪…5年
・遺失物横領罪…3年
・業務上横領罪…7年


公訴時効が過ぎた場合には、起訴されることはありません。


横領と同じように使用される言葉で「着服」という言葉があります。

行為としてはほとんど同じ意味ですが、「横領」が刑法にも規定された法律用語であるのに対して、「着服」は刑法上では使用されない点で異なります。

1-3 業務上横領が疑われたときに会社がしてはいけないこと

業務上横領が疑われる事態に直面した際には、すぐに本人に対して「横領」の真偽を確認したくなるかもしれませんが、直ちに本人に問いただしたり、不正行為者と決めつけて自白を強要したりすることはしてはいけません。


確固たる証拠がない状態で追及をしてしまうと、言い逃れをされたり、疑われていることを知った不正行為者から証拠隠滅をされてしまうおそれがあるからです。


横領の事実を証明することができなければ、横領を疑われた社員から、会社に対して名誉棄損等を理由に損害賠償請求をされるおそれもあります。

もし裁判となり、証拠不十分と判断された場合には、①横領された被害額の返還請求が認められない、②懲戒解雇が無効とされてしまう、③刑事告訴が受理されない、といった事態となります。


そうなれば、会社への損害だけでなく、社内における会社と他の従業員との信頼関係や、社外からの印象にも悪影響を及ぼすことになるでしょう。

2.まずはしっかりと証拠を集める

2-1 よくある横領のケースと証拠収集方法

業務上横領事件で不正行為を証明するためには、客観的な証拠の収集が不可欠です。

客観的な証拠とは、「第三者の視点からもその事実が間違いないと確認できるようなもの」であり、「不正行為者の個人的な意見や主張に依存しない証拠」を指します。


特に刑事裁判の場面では、客観的な証拠と認められるためには、「誰が」、「いつ」、「何を」、「どこで」、「どうやって」横領したのかがはっきりと立証できなければなりません。


つまり本人が「横領しました」と自白するだけでは証拠としては不十分と判断されてしまい、法的には有効な証拠とは言えないのです。


疑わしい行動があるけれど、証拠がない場合、どのように証拠集めをしたらよいのでしょうか。

業務上横領の発生しやすいケースと、有効な証拠収集方法について紹介していきたいと思います。

①経理担当者による横領

例)会社の資金を、会社口座から自己名義の口座へ送金していた


まずは、不正な送金の実態がないか、送金伝票の履歴から送金日時や金額を調べます。

送金伝票が手書きの場合は筆跡などから不正行為者が誰なのか判断することもできます。

そのほか、印鑑の持ち出しや保管記録を調べ、送金のあった日時との矛盾点がないか確認しましょう。

不正な資金の動きが把握できる書類は、横領を証明する際に不可欠です。


なお、不正な送金処理を行う場合には、業務上横領罪ではなく電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)として処理されることが多いようです。

②営業担当者や従業員による売掛金の横領

例)従業員が取引先や顧客から直接現金で集金した売掛金をそのまま持ち帰った


このケースの問題が発覚した場合には、取引先宛に発行された領収書を速やかに回収します。

取引先に社内の不祥事を知られてしまうのをおそれ、万が一対応が遅れてしまうと、証拠となる領収書を不正行為者によって破棄されてしまうかもしれません。


有効な横領の証拠とするためには、領収書の現物を入手し、発行日当日の従業員の行動がわかる資料(業務日報やメール履歴)と、経理システムでの書類発行履歴を調べる、領収書の筆跡を確認するなどして、「いつ」「誰が」発行したのかを特定します。

③レジ担当者による売上金の横領

例)レジ担当者によるレジ内の金銭横領


レジ内の金銭について横領が疑われる場合には、防犯カメラによって犯行の瞬間の動画撮影をすることが最も有効になります。

ただし、レジから離れた場所で現金を受け取り精算するシステムの場合などは、「預かったお金をポケットにいれたままうっかりレジに入れることを忘れていた」などの言い逃れをされる可能性がありますので注意しましょう。

④商品の持ち帰り

例)店舗で販売している商品を、従業員が精算せずに持ち帰る


店頭もしくは店舗外の倉庫から商品を持ち出している様子を撮影した防犯カメラ映像と、該当する商品が未清算であることが確認できるレジの防犯カメラ映像の2つを、複数回調査することで、横領を疑われる従業員が繰り返し同様の行為を行っていることを裏付けることができます。

店員による商品の持ち帰りケースでは「うっかり精算を忘れていた」という言い訳が成立してしまいますので、該当する行動に常習性があることを証明する必要があります。


ほかにも、不審な行動や、持ち帰りをしている瞬間を目撃したことがなかったかなどについて、同僚従業員から聴き取りをし、証言を集める方法もありますが、共犯者の可能性もありますので慎重に行わなければなりません。

⑤自社商品の転売

例)自社商品を、ネットオークションやフリマアプリで転売


従業員による転売が疑われる商品が、間違いなく会社で紛失している商品と同一であることを確認する必要があります。

本人に事実確認をした際に、自分で購入した商品を転売しているだけだ、という言い逃れが発生しないようにするためです。


社内で紛失している商品(備品)に製造番号の記載がある場合は、実際にネットオークションやフリマアプリ等で転売の疑われる商品を購入することで、製造番号が一致しているかどうかを確認することができます。


購入前には、該当のネットオークションサイトやフリマアプリ画面を保存、印刷し、転売の証拠として残しておきましょう。

次に、従業員が使用しているパソコンから、転売サイトへのアクセス履歴がないかを確認します。

購入後に、同一の商品だと判明した場合には、転売されていたサイトへのログインを求め、本人のアカウントであることを確かめます。

⑥取引先も関与したキックバック等

例)架空の取引を発生させ、横領した金銭をキックバックとして受け取っている


取引先も関与している横領となれば、より慎重な対応が求められます。

従業員と取引先との連絡履歴(メール・チャット・通話履歴など)を調査し、取引に不審な点がないか確認します。

データが削除されている場合も考えられるため、PCのログやバックアップの確認を行います。


データが完全に消去され確認が困難な場合には、パソコンのデータ修復(デジタル・フォレンジック調査)も検討しましょう。

◆一新総合法律事務所ではデジタル・フォレンジックを利用した案件対応もしています。
詳しくはこちらのページをご参照ください。

2-2 証拠を集めたら「客観的な証拠」であるか情報を整理する

横領行為を裏付ける証拠を集めることができたら、次に収集した証拠同士に矛盾点はないか、欠けている情報はないかを慎重に確認する必要があります。


証拠が不足している場合は、先述したとおり、証拠不十分とみなされ、会社側の主張が認められないことも少なくありません。

もし、証拠が不足していると分かった場合には、物的証拠のほか、目撃証言などについても調査し記録化することで証拠を固めます。


横領行為は、当たり前の話ですが不正行為者に隠蔽されてしまうものであり、そのため証拠を集めることが大変難しい作業となります。

相手に感づかれないように、迅速に証拠収集ができるかどうかが、業務上横領を立証する上で最も大切なポイントとなっています。

3.本人からの事情聴取と注意点

3-1 事情聴取の方法

横領の有効な証拠が収集できた場合には、従業員本人に対して事情聴取を行うことを検討します。

事情聴取をする場合には、後々の法的トラブルを避けるためにも、従業員に対して不公平な扱いをしないよう細心の注意を払う必要があります。


まずは本人の話を聞き、その内容に対して用意した証拠との矛盾点を指摘することで、本人も横領の事実を認めざるを得ない状況になる場合があります。

逆に最初から相手に証拠を突き付けてしまうと、提示された証拠に合わせた言い訳をする場合があり、横領の立証が難しくなってしまいます。


大切なことは、はじめから横領をおこなった不正行為者だと決めつけずに、十分な説明をした上で、本人に言い分を話す機会をしっかりと与えることです。


本人が横領行為を認めた場合でも、ただ「横領をしました」と認めただけでは十分ではなく、犯行日時(いつ)、場所(どこで)、方法(どうやって)を具体的に聞き取る必要があります。

また、動機や、横領後にそれをどうしたのか、他に共犯者はいないのかなどの説明も求め、それらの内容が収集した証拠と矛盾点がないかを慎重に確認します。

3-2 事情聴取する際の注意点

事情聴取の注意点として、もっとも気をつけなければならないことは自白の強要です。

客観的な証拠の有無に関わらず、該当する従業員の不利益になる可能性がありますし、いわゆる冤罪を生み出すおそれもありますので、絶対にしてはいけません。


社内で事情聴取を行う際は、録音による両者の発言の記録と、聴き取り担当と記録担当に分かれた複数人での対応を行いましょう。


公正な事情聴取を行うことは非常に難しく、聞き取る側は感情的にならないことや、相手の矛盾点を引き出す技術が求められますので、労働問題や刑事事件に詳しい弁護士に依頼することも検討してください。

4. 横領した場合の処分

4-1 賠償について約束をさせる

本人が横領を認めた場合には、横領した内容の詳細と、横領した金品についての賠償・返済を約束させる誓約書を書かせることになります。

このときに、返済額や支払時期を明確に決めて文書化する必要があります。

4-2 懲戒処分の検討

業務上の横領は、信頼して業務を任せていた会社を裏切り、企業秩序や職務規律に違反する行為となり、一般的には懲戒解雇に相当するものと考えられます。


ただし、横領金額が少額であったり、証拠が不十分であれば、懲戒解雇が後に無効とされる場合もあります。

リスク回避の面から慎重に判断し、状況によっては、合意退職や普通解雇などの方法を取ることも有効です。

4-3 刑事告訴をする場合

本人が横領を認めない場合や、横領した金品の弁済を拒否した場合には、刑事告訴か、民事訴訟等で賠償請求をしていくことになります。

また、横領を認めている場合でも、被害弁償がなされなかったり、社内の他の従業員やステークホルダーに配慮し、コンプライアンスの観点から刑事告訴等を行うことも十分に考えられます。


会社側が被害届を提出した場合でも、横領事件として立件されるかどうかは、客観的な証拠の有無や被害金額などの状況から捜査機関が判断することになります。


また、業務上横領罪として警察により立件された場合でも、必ず逮捕されるわけではなく、逃亡や罪証隠滅のおそれがないなどの場合には逮捕が見送られることもあります。

5.横領事件に対して弁護士ができること

業務上横領の疑われる事態が発生した際には、たとえ証拠がない状態でも早期に弁護士に相談することが非常に重要です。


弁護士に相談することで、会社の抱える問題の状況を整理し、法的に有効な横領の証拠収集や、疑いのある従業員に対して適切な事情聴取を行い、トラブルのない早期の問題解決に向けてサポートすることができます。


横領の事実が認められた場合には、従業員に対し損害賠償請求や、返還請求、懲戒処分の検討、横領の規模によっては刑事告訴の手続きを行います。

業務上横領を理由とする解雇を行う場合には、不当解雇にならないかを見極め、会社にとって不利益が発生しないようにアドバイスを行います。


加えて、社会的に注目を集めかねない事案の場合には、対外的にマスコミ発表や記者会見のセッティングを要することもあります。

これらの準備やアドバイスも不祥事対応に精通した弁護士に期待することができます。


業務上横領における対応は非常に難しく、裁判ともなれば企業にとって大きなダメージを与えるでしょう。

業務上横領が疑われる場合には、まずは不祥事対応に豊富な経験のある一新総合法律事務所へのご相談をご検討下さい。

この記事を監修した弁護士
弁護士 朝妻 太郎

朝妻 太郎
(あさづま たろう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:東北大学法学部

関東弁護士連合会シンポジウム委員会副委員長(令和元年度)、同弁護士偏在問題対策委員会委員長(令和4年度)、新潟県弁護士会副会長(令和5年度)などを歴任。主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)のほか、離婚、不動産、金銭問題など幅広い分野に精通しています。
数多くの企業でハラスメント研修、また、税理士や社会保険労務士、行政書士などの士業に関わる講演の講師を務めた実績があります。
著書に『保証の実務【新版】』共著(新潟県弁護士会)、『労働災害の法務実務』共著(ぎょうせい)があります。

       

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