化粧をする性同一性障害のタクシー乗務員に 就労拒否することは適法か ~大阪地裁令和 2 年 7月 20日決定~(弁護士:五十嵐 亮)
事案の概要
当事者
Y社は、一般乗用旅客自動車運送事業を営むタクシー株式会社である。
Xは、平成30年11月に、Y社に正社員として入社し、タクシー乗務員として勤務していた者であり、医師により性同一性障害との診断を受けており、生物学的には男性であるが、性自認は女性である。
就労拒否に至る経緯
Xは、医師よりホルモン療法の施行を受けつつ、眉を描き口紅を塗るなどの化粧を施し、乗務員として勤務中も顔に化粧を施していた。
令和2年2月7日、Y社は、男性の乗客より、Xから性的な被害を受けたとの苦情を受けた(以下「本件苦情」という)。
同日、Y社の担当者は、Xと面談し事情を問いただしたところ、Xは苦情の内容は事実ではないと否定した。
これに対し、Y社の担当者は、「火のないところに煙は立たないため苦情の内容は事実であると考えることもできる。
苦情の内容が真実かどうかが問題なのではなく、Xが苦情を受けること自体が問題である」旨述べた。
そのうえで、Y社の担当者は、Xに対し、「(Xが)性同一性障害の病気であり、化粧をせずに普通にタクシー乗務員として仕事をすることができるのであればよいが、病気が治らない以上はタクシーに乗務させることはできない。他社でタクシーに乗務することも方法の一つである。」と述べた(以下「本件就労拒否」という)。
その後、Xは業務に従事しておらず、Y社からの給与の支給もなかった。
Xの請求内容
Xは、本件就労拒否は、正当な理由を有するものではなく、Y社の帰責事由によるものであるから、Xは就労していなくとも賃金請求権を失っていないと主張し、賃金の仮払いの仮処分を求めたものである。
本件の争点
本件の争点は、主に本件就労拒否について正当な理由が認められるかという点である。
裁判所の判断
本件苦情について
まず、本件苦情について、Xはその内容を否定しており、Y社は、本件苦情の内容について調査を行った形跡がみられないことから、本件苦情を理由に就労拒否することに、正当な理由はないと判断した。
化粧について
化粧については、一般にサービス業において客に不快感を与えないとの観点から、男性のみに対し業務中に化粧を禁止すること自体に合理性はあるとしつつ、他方で、Xは医師より性同一性障害との診断を受け、生物的には男性であるが、性自認が女性であるという人格であることから、外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけることは自然かつ当然の欲求であり、性同一性障害者であるXに対しても女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性があるといえるとし、Xの化粧を理由として就労拒否をすることに正当な理由はないと判断した。
なお、裁判所は、今日の社会において、乗客の多くが性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず、Y社が性の多様性を尊重しようとする姿勢をとった場合にその結果、苦情が多く寄せられたり、経済的損失が生じるとも限らないと判断している。
本件のポイント
近年、同性婚を認めないのは違憲であるとする判決が出されるなど、LGBTに関する問題が注目されています。
職場におけるLGBTの問題は、トイレ使用の問題、ハラスメントの問題、服装・身だしなみの問題として現れることが多いですが、今回の裁判例は、化粧に関するものです。
裁判所は、性同一障害と診断され性自認上の性別が女性である者について、他の女性と「同等」に化粧を施すことを認める必要があるとしました。
職場におけるLGBTの問題は、議論が煮詰まっているとはいえない状況であり、直ちに完璧な対応をとることは難しいとは思いますが、少しずつ理解を深める必要がありそうです。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2021年7月5日号(vol.258)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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