コロナウイルス感染拡大の影響による解雇の注意点と退職金(弁護士:中澤亮一)

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第1 はじめに

コロナウイルスの感染拡大に伴う雇用への影響が深刻化しています。

厚生労働省の発表によると、新型コロナウイルスに係る雇用調整の可能性がある事業所数は8万4220事業所に上り、解雇等見込み労働者数は4万9467人にもなっています(厚生労働省「新型コロナウイルス感染症に起因する雇用への影響に関する情報について」より引用。令和2年8月28日現在)。

おおむね一か月に一万人のペースで増加しているようです。

また、解雇等見込み労働者数のうち非正規雇用労働者数は2万1412人となっており(同上)、とくに非正規労働者は厳しい立場におかれています。

 

現時点でも感染収束の目途は立っておらず、経済への影響も今後ますます増えていくかもしれません。

事業者の皆様におかれては、コロナ禍により、やむを得ず解雇等の雇用調整を検討せざるを得ない場合もあるかと存じますが、法的な観点を十分に確認せずにそれを強行してしまうと、大きなトラブルになりかねません。

とくに解雇については、法律による厳格な規制があり、注意が必要です。

 

そこで、今回は、コロナウイルス感染拡大の影響により解雇を行う場合の法的注意点、および、その場合の退職金の扱いについて要点をご説明したいと思います。

 

第2 解雇について

1 整理解雇

コロナ禍により売上が減少し、倒産の危険すら生じた場合に、従業員の解雇を検討することは無理からぬことでしょう。

しかし、結論から申し上げると、コロナ禍によって、経営状態がいくら厳しい状況に追い込まれていても、会社が従業員を解雇するのは簡単ではないと言わざるを得ません。なぜなら、この場合の解雇は、法律上「整理解雇」にあたると考えられるからです。

 

2 整理解雇の有効性

整理解雇とは、使用者の経営上の理由による解雇のことを指します。

コロナ禍を原因とする解雇の場合、感染症の拡大という異常事態が原因ではありますが、解雇の直接の理由は経営状態の悪化ということになります。

そのため、この場合の解雇は整理解雇であると判断されます。

そして、整理解雇は、労働者側の事由による解雇ではなくあくまで経営者側の事由によるものですから、通常の解雇よりもその有効性が厳格に判断されることになります。

 

解雇の根拠条文は労働契約法16条ですが、判例により、その判断基準が具体化されています。

つまり、①整理解雇の必要性があるか、②解雇を回避する努力をしたか、③解雇者の人選基準や人選に合理性があるか、④解雇手続に妥当性があるか、という四つの要件を総合的に考慮し、当該解雇が合理的かつ社会通念上相当といえるか否かが判断されるのです。

以下、それぞれについて見ていきます。

 

「①整理解雇の必要性があるか」は、当初は「解雇を行わなければ企業の維持存続が危殆に瀕する程度に差し迫った必要性」が必要とされていましたが、その後の裁判例では、裁判所による会社の経営判断の尊重という側面も相まって「客観的に高度な経営上の必要性」があれば足りるとするものも現れています。

ただし、基本的にこの要件は厳格に判断されると考えるべきで、具体的には、預貯金や借入金の状況、株主配当の状況、人件費削減状況、役員報酬の状況などから判断されることになるでしょう。

コロナ禍との関係では、受注や収益の減少具合やキャッシュフローの状況とともに、それらの状況についての今後の見通し(改善の見込みがあるか、悪化した状況がしばらく続くと考えられるのか)が重要になると思われます。

 

「②解雇を回避する努力をしたか」は、整理解雇に先立ち、極力整理解雇を回避するための努力をする必要があるという趣旨です。

どこまで厳格に判断されるかは裁判例によって若干差がありますが、一般的には(事業規模や業種により違いはあるものの)、経費削減、遊休施設等の売却のほか、残業の規制や賃金カット、新規採用中止、配転・出向、希望退職者募集などを行ったかどうかが考慮されます。

この点、コロナ禍との関係で極めて重要なのは、政府による援助等の特例措置を検討・利用しているかどうかです。

とくに、雇用調整助成金の受給を検討しているか、その検討をしてもなお人員削減が必要といえるか、といった点は重視されるでしょう。

 

「③解雇者の人選基準や人選に合理性があるか」は、解雇対象者の選定は、客観的かつ合理的な基準により公正に行われる必要があるということです。

解雇対象者が使用者により恣意的に選定されるのは許されず、たとえば男女の別や国籍、障害の有無や性的指向等のみによる解雇が認められないのは言うまでもありません。実際は、年齢、勤続年数、扶養家族の有無、職種、勤務地、業績などを総合して選定することになるでしょう。

ここで問題になるのが、派遣労働者やパート、有期雇用労働者等の非正規雇用労働者を、正社員より先に解雇してよいかという点や、採用内定者の内定取り消しをしてよいかという点です。

正社員の雇用を守るためにはこれらの選択肢を取ることもやむを得ないと考えられますが、慎重な判断が必要です。

 

「④解雇手続に妥当性があるか」は、使用者は整理解雇に際して、労働者及び労働組合に対し誠実に協議・説明を行う義務を負うという趣旨で、決算書類等を開示するなどして十分に説明を行う必要があり、人員整理の時期や規模、方法等について労働者側の納得が得られるように努力しなければならないとされています。

また、労働組合との間で整理解雇に関する「協議協約」や「同意約款」等が存在する場合には、当該約款を履行せずに行われた整理解雇は無効になるという裁判例もあります。

近時はこの④の要素が重視される傾向にあるようです。コロナ禍を原因とする整理解雇の場合でも、適切な手続を経る必要があることには何ら変わりありませんので、決して軽視しないようにしてください。

 

以上の通り、コロナ禍の影響での解雇といえども簡単には行うことはできないと考えたほうがよいでしょう。

できるかぎり解雇以外の方法を模索する必要があり、解雇を行う前提としても、例えば以下の方法は最低限検討が必要です。

ア 店舗閉鎖等の経営規模縮小、人件費削減、その他経費削減

イ 政府等の助成措置の検討

 ※コロナ禍の影響を原因とする解雇にあたってはとくに重要と思われます。

ウ 希望退職者の募集

 

3 有期雇用労働者の場合

有期雇用労働者を雇い止めとする場合でも、①過去に反復して更新されたものであって、雇い止めをすることが期間の定めのない労働契約を締結している労働者を解雇することと社会通念上同視できると認められる場合や、②労働者が更新を期待することについて合理性があると認められる場合のいずれかにあたる場合には、解雇と同様の法的規制に服することになります(いわゆる雇い止め法理)。

 

しかし、上にも述べたとおり、有期雇用労働者の解雇は、無期雇用労働者(正社員)との比較においては正当性が認められやすいと思われます。

正社員の整理解雇より先に雇い止めを検討することは致し方ないでしょう。

ただし、有期雇用労働者を契約期間中に解雇する場合には「やむを得ない事由」(労働契約法17条)が必要とされますので、ご注意ください。

 

第3 退職金について

人件費のイメージ画像

1)

以上の通り、コロナウイルスの影響といえども簡単には解雇はできず、希望退職者の募集などが必要になりますが、その場合、退職金の支払いはどうなるのでしょうか。

 

2)

退職金は、これを支給するか否か、いかなる基準で支給するかが使用者の裁量に委ねられている場合には、恩恵的給付であってそもそも賃金ではないとする裁判例もありますが、就業規則や労働協約、労働契約等でそれを支給すること及びその支給基準が定められ、定めに従って支払い義務があるものは賃金と認められます。

 

また、就業規則や退職金規定がなくとも、支払いの慣行がある場合には支払い義務を認められる場合がありますし、さらには規定や労働慣行すらない場合でも、当事者間の合意があれば、支払い義務が生じる余地はあります。

 

まずは、自社の退職金に関する規定を再度確認してください。

 

3)

そして、コロナウイルスで経営が悪化したといえども、退職金の支払義務が認められる場合には、支払いを行わなければなりません。

退職金には賃金の後払い的性格があるので、懲戒解雇でもない限りは、根拠なく減額することも難しいでしょう。

 

この点、近時は懲戒解雇に限らず、普通解雇の場合でも退職金の不支給や一部減額の規定を置く会社が増えているようですが、これさえあれば減額してよい、というものではなく、当該既定の有効性自体を争われる危険もあります。

減額規定の有無にかかわらず、経営悪化を理由として退職金を減額若しくは不支給とするのは、やはり難しいと理解したほうがよいと思われます。

 

むしろ、上述の通り整理解雇が難しい以上、希望退職者を募らなければなりませんが、その際には退職金の上乗せが必要になるかもしれません。

 

第4 まとめ

以上の通り、コロナウイルスの影響といえども解雇は簡単にできるものではありませんし、退職金も原則は(規定等があれば)支払わなければなりません。

この点の判断を誤ると、後に法的なトラブルになる可能性は非常に高いといえるでしょう。

コロナ禍で経営が苦しい中、解雇を現実的に考えなければならない状況に至ってしまった場合などには、ぜひ当事務所へ一度ご相談ください。

 

<参考>

・新労働事件実務マニュアル第4版 ぎょうせい

・新型コロナウイルス感染症に起因する雇用への影響に関する情報について 厚生労働省

 

ご注意

記事の内容については、執筆当時の法令及び情報に基づく一般論であり、個別具体的な事情によっては、異なる結論になる可能性もございます。ご相談や法律的な判断については、個別に相談ください。

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この記事を執筆した弁護士
弁護士 中澤 亮一

中澤 亮一
(なかざわ りょういち)

一新総合法律事務所 
弁護士

出身地:新潟県南魚沼郡湯沢町
出身大学:早稲田大学法科大学院修了
国立大学法人における研究倫理委員会委員、新潟県弁護士会学校へ行こう委員会副委員長などを務めている。
主な取扱分野は、離婚、金銭問題、相続。また、企業法務(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)などにも精通しています。複数の企業でハラスメント研修、相続関連セミナーの外部講師を務めた実績があります。