2020.12.18

事業者の重い責任と保険の重要性

 

この記事を監修した弁護士
弁護士 今井 慶貴

今井 慶貴
(いまい やすたか)

一新総合法律事務所
理事長/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:早稲田大学法学部

新潟県弁護士会副会長(平成22年度)、新潟市包括外部監査人(令和2~4年度)を歴任。
主な取扱分野は、企業法務(労務、契約、会社法務、コンプライアンス、事業承継、M&A、債権回収など)、事業再生・倒産、自治体法務です。
現在、東京商工リサーチ新潟県版で「ズバッと法談」を連載中です。

はじめに

事業活動において事故はつきものです。

 

業種によって様々ですが、例えば、労働者が車を運転する必要がある業種、建設業など危険な業務内容を含む業種、怪我のしやすい高齢者の介護に関する業種などは、労働者のほうでどれだけ注意を払っても事故を回避することができない場合もあり、万が一に備えて保険に加入している事業者も多いかと思います。

 

しかし、保険料の負担を渋り、事故に備えた保険に加入しないままの状態で事故が発生すると、事業者・労働者にとって大きな経済的な負担が生じることがありますし、事故に関する刑事責任においても心証が悪くなり、保険未加入に対する社会的な責任が生じる可能性もあります。

 

今回は、保険未加入であったことで生じる事業者・労働者の経済的な負担の話について、事業者と労働者間の関係について説明したいと思います。

 

事業者の責任と労働者の責任

⑴ 事業者は労働者との連帯責任を負う

労働者は、自己の不注意によって事故を引き起こしたのですから、被害者に対して損害賠償責任を負うことになります。

 

これに対し、事業者は、個人事業主であるか法人であるかを問わず、事業者自身の不注意によって事故を引き起こしたものではありませんが、法律上、被害者に対して、事故を引き起こした労働者との連帯責任として、損害賠償責任を負います。

これを「使用者責任」と言います。

事業者は、労働者を使用して利益を上げているわけですし、事業範囲を拡大して事故を発生させる危険を増大させているわけですから、事業者にも、被害者に対する賠償責任を課すことが公平であるとされているのです。

 

そして、事故を補填する保険に加入していない場合には、事故を引き起こした労働者と事業者は、被害者に対して、連帯して損害賠償金を支払う必要が生じることになります。

 

⑵ 事業者側が被害者に対し損害賠償金を支払った場合

ここに言う「連帯して」という意味は、事故を引き起こした労働者と事業者は、被害者に対して、被害額の全額を賠償しなければならないということを言います。

ですので、例えば、被害者は、労働者に対してのみ賠償を求めてもよいですし、事業者に対してのみ賠償を求めてもよいですし、両者に対して同時に賠償を求めてもよいことになります。

 

実務上、資金力のある事業者に対して賠償を求めていくケースが多く、事業者が被害者に対して損害賠償金を支払い、その後に、事業者が、事故を引き起こした労働者に対して、被害者に支払った賠償金の支払いを求めていく事案が多く見られます。

事業者の立場からすれば、「事故は、労働者の不注意によるものだから、被害者への賠償金は、事故を引き起こした労働者が全額を負担すべき」と言いたいところかもしれませんが、裁判所は、そのような事業者の言い分を認めてはいません。

業務内容や事故態様によりますが、事故を引き起こした労働者に対して求めることができるのは、被害者に対して支払った損害賠償金の5割以下に制限されることが多いのが実情です。

 

⑶ 労働者が被害者に対し損害賠償金を支払った場合

では、これとは反対に、事故を引き起こした労働者が、被害者に対して損害賠償金を支払った場合に、事業者に対して、その負担を求めることができるのでしょうか。

この点が問題となった事案について、最近、最高裁判所が初判断を示しました(最高裁令和2年2月28日第2小法廷判決)。

 

 

本件事案は、運送事業を営む会社の労働者が、トラックの運転中に自転車と接触事故を起こし、自転車の運転者が死亡するに至ったという死亡事故の事案です。

強制保険である自賠責保険には加入していたものの、任意保険未加入であったために、会社・事故を引き起こした労働者は、被害者遺族に対し、多額の賠償責任を負うことになりました。

 

そして、被害者遺族の一部は、会社側から損害賠償金の支払いを受けましたが、会社側から損害賠償金の支払いを受けていない遺族が、事故を引き起こした労働者に対して訴訟を提起し、労働者は、1500万円余りの損害賠償金を支払いました。

そこで、労働者は、自らが支払った 1500万円余りの損害賠償金を会社側に求めたのです。

 

控訴審は、事故は、事故を引き起こした労働者の責任であるから、会社に対して負担を求めることはできない旨の判断を示しましたが、最高裁判所は、そのような考えを採用せず、会社に対する請求を行うことができる旨の判断を示しました。

最高裁判所は、事業者が被害者に対して損害賠償金を支払ったとしても、事故を引き起こした労働者に対してその全額を請求することができないわけですから、労働者が先に損害賠償金を支払ったからと言って、事業者が賠償責任を免れる結果は不当であると考えたのだろうと思われます。

 

なお、この事案で、どの程度の請求が認められるべきかについては判断が示されておらず、控訴審に差し戻して審理が継続されることになりました。

 

最後に

以上の説明のとおり、事業に関する事故に対して、事業者側は、事故を引き起こした労働者と比べ、重い責任が問われることになります。

それは、事業者が、労働者を使用して利益を得ており、事業範囲を拡大して事故発生の危険を増大させていることを重く見られているからです。

 

そして、紹介の事例のとおり、保険に加入しないことで、事業者・事故を引き起こした労働者ともに重い経済的な負担を強いられる結果となります。

また、もし事業者・労働者ともに資金力に乏しければ、被害者は、十分な賠償を受けられず、極めて酷な立場に置かれます。

 

保険への加入は、事業者にとって最低限の社会的責任であることを理解する必要があるのではないかと思われるところです。

調査の進め方について弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。

 

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2020年10月5日号(vol.249)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。