運送業における「同一労働同一賃金」に関する問題点
同一労働同一賃金とは?
「同一労働同一賃金」とは、正社員と非正規社員と の不合理な待遇格差を是正することをいいます。
このテーマに関して、最高裁平成30年6月1日判決(長澤運輸事件およびハマキョウレックス事件)、大分地裁平成25年12月10日判決(ニヤクコーポレーション事件)、仙台地裁平成29年3月判決(ヤマト運輸事件)、東京地裁平成29年9月判決(日本郵便事件)が連続しており、その判決の多くは、運送業に関わるものとなっています。これらの裁判では、非正規社員が原告となり、正社員との「基本給」または「手当」の格差が、違法かどうかが争点となっています。
また、平成28年12月20日には、「同一労働同一賃金ガイドライン案」が策定され、法改正に向けた動きが進んでいますので、対応のための準備が必要となります。以下では、「基本給」の場合と「手当」の場合を分けて説明します。
「基本給」に関する差異
現状の法制度上は、下の図表のように、正社員との差異が職務内容、配置の変更範囲等を考慮し、不合理とされた場合には、違法となります(図表1)。
もっとも、現行の規定では、いかなる場合に不合理となるのか明確ではありません。
そこで、「いかなる場合に不合理となるのか」という点を、より明確にするために、同一労働同一賃金ガイドライン案が策定されました。ガイドライン案では、仕事内容、責任範囲、異動・転勤の有無、昇進の有無・範囲等の差異があることを理由として基本給に差異を設けることは適法とされていますが、企業側には、仕事内容等の「差異」を職制や社内規程等により明確に説明できることが求められています。
そして、裁判例では、単に社内規程上の違いのみではなく、実際の運用にも着目して判断(規程上は、転勤は正社員のみとされていても、運用上正社員が転勤した事例がない場合には差異の根拠とはならない)がなされていますので、注意が必要です(ニヤクコーポレーション事件とヤマト運輸事件はこの点が勝敗の分かれ目となっています)。
「手 当 」に 関 す る 差 異
手当は、基本給とは別に支払われるものです。
その種類は、生活に関連するもの(家族、住宅、地域手当など)職務に関連するもの(役職、資格、営業手当など)、業績に関連するもの(歩合、成績達成、無事故、皆勤手当など)などがあります。同一労働同一賃金ガイドライン案では、手当に関し下の図表のように取りまとめられています(図表2 )。
まず、賞与については、ガイドライン上は「手当」として分類されており、「業績等への貢献度に応じた部分」については、「同一の支給」をすることが求められています。
前述のヤマト運輸事件では、賞与が争点となっており、結果的に差異は適法と判断されていますが、業務内容、転勤の有無、職務変更の有無および役職任命の有無について重点的に審理がされていますので、これらの点についての差異を明確に説明できるようにする必要があります。
また、通勤手当については「同一の支給」とされており、ほとんどのケースで差異が認められにくい状況となっております。ガイドライン案でも「差異が問題ない事例」が説明されていますが、ごく例外的な場合に限られていますので注意が必要です。
そして、精勤手当に関しても業務内容が同一の場合には、同一の支給が必要となっています。
長澤運輸事件およびハマキョウレックス事件では、いずれも差異が違法とされていますので、注意が必要です。
もう一つ重要なのが、退職金です。退職金は、ガイドライン案には盛り込まれていませんが、ガイドライン案は退職金を規制から除外する趣旨ではありませんし、前述の裁判例(ニヤクコーポレーション事件)でも退職金の差異が違法とされていますので、注意が必要です。
まとめ
裁判例でも、同一労働同一賃金ガイドライン案でも、正社員と非正規社員の賃金に差異がある場合に、その差異の根拠を「合理的に説明」できることが求められています。
非正規社員を社内においてどのように位置づけるか(無期転換を想定するのか否か、どのような仕事をさせるのか、どのような待遇とするのか、どのような場合に正社員へのステップアップを認めるのか)ということが明確になっていないと差異を合理的に説明することは難しいといえますので、検討が必要です。
<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2018年7月5日号(vol.222)>
※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
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