2024.10.16

契約期間の記載のない求人と無期雇用契約の成否~東京高等裁判所令和5年3月23日判決 (労働判例1306号52頁)~(弁護士 薄田 真司)

この記事を執筆した弁護士
弁護士 薄田 真司

薄田 真司
(うすだ まさし)

一新総合法律事務所 
弁護士

出身地:新潟県胎内市 
出身大学:神戸大学法科大学院修了
主な取扱分野は、企業法務(労務・労働事件、倒産対応、契約書関連、クレーム対応、債権回収など)。そのほか個人の方の債務整理、損害賠償請求、建物明け渡し請求など幅広い分野に対応しています。
事務所全体で300社以上の企業との顧問契約があり、数多くの企業でハラスメント研修の講師を務めた実績があります。また、社会保険労務士を対象とした勉強会講師を担当し、労務問題判例解説には定評があります。

事案の概要

当事者 

Y法人は、登記又は供託の手続の代理等を目的とする司法書士法人である。 


Xは、Y法人が求人サイトに掲載していた募集要項をみて応募し、Y法人で庶務業務に従事した後、退職した者である。

募集要項の内容 

Y法人の募集要項(以下「本件募集要項」いう。)には、「雇用形態」の欄に「正社員」と記載されていたほか、「試用期間3か月」との記載があった。

Xが採用された経緯 

Xは、平成30年3月16日、Y法人の採用面接を受けたが、その際、契約期間についてY法人から何ら説明を受けなかった。


Xは、本件面接の状況から、本件募集要項に記載のとおり正社員として採用されたものと認識し、 平成30年3月19日、面接が予定されていた他社に対し、他から内定をもらったことを理由に面接を辞退する旨連絡し、同日からY法人の業務に従事した。


Xは、 雇用契約書はおって作成する旨をY法人から説明されていた。 

Xが作成した雇用契約書の記載内容 

Xが勤務を開始した後、Xは、Y法人の事務局長Aに雇用契約書の作成について尋ねたところ、平成30年4月20日頃、雇用期間を次のものとする雇用契約書(以下「本件雇用契約書」という。)をAから手渡された。 


①平成30年3月19日ないし同年4月19日 

②平成30年4月23日ないし同年5月23日 


Xは、本件雇用契約書に期間の定めがあることに気づいたが、Y法人において就労を開始した後であり、本件雇用契約書への署名押印を拒むことで解雇されることを恐れ、同年4月24日、同契約書に署名押印をした。 

Y法人のXに対する雇止め

平成30年5月9日、Y法人は、Xに対し、Xとの間の雇用契約が有期契約であるという前提で、本件雇用契約の終期を同年6月10日まで延長するものの、以後更新しないため、同日が最終出社日となる旨を告げた。

Y法人のXに対する退職勧奨

平成30年6月6日、A を含むY法人の従業員5名は、Xが退職願を提出せずに帰宅しようとしていることに気づき、Xに対し、取り囲み暴言を吐きながら執拗に退職願を提出するように求める等した。 

XがY法人を退職したこと 

Xは、退職届を提出しなかったものの、 平成30年6月7日以降出勤していない。


Xは、平成31年2月1日、Y法人以外の企業等で就労を開始し、Y法人における就労の意思を喪失した。 

訴訟の内容 

Xは、Y法人に対し、違法な解雇又は退職勧奨を受け、被告の責に帰すべき事由により就労が不能になったとして、平成30年6月7日から平成31年1月31日までの賃金合計155万4089円を請求した。

本件の争点 

XとY法人との間に無期雇用契約が締結されたかどうか。 

裁判所の判断

第1審の東京地裁は、【事案の概要】記載の事実を認定し、本件募集要項は無期契約を前提としていると読めるものであり、Xは、 それを前提として本件面接に臨んだといえ、 Y法人も、 Xが本件募集要項が掲載されていた求人サイトを通じて応募してきたことから、Xがそれを前提としていたことは認識していたといえるとした。

そのうえで、Xが本件面接の際にY法人から契約期間について何ら説明を受けていなかったことをも併せて考慮すれば、Xは本件面接において本件募集要項どおりに期間の定めのない雇用契約を申し込み、Y法人はこれを承諾したといえるから、本件雇用契約は本件面接において期間の定めのないものとして成立したと判断した。 


Y法人は、Xが本件契約書に署名押印しているため、本件雇用契約は締結当初から有期契約であり、平成30年6月8日をもって雇用期間が満了した旨を反論していた。

しかし、 平成30年4月19日が契約期間終期と記載された雇用契約書があるが、同日より前に契約の更新等がXとY法人との面談等で話し合われることなく同日以降も Xが勤務を継続していること、Xが本件雇用契約書に署名押印したのは採用面接から1か月以上が経過した後であり、採用面接において雇用契約を締結した両者の意思を本件契約書から推認するには限度があること、 平成30年6月6日にY法人従業員がXに退職届を提出するよう執拗に求めていることからすると、Y法人も本件雇用契約書の内容及び効力等に疑いを持っていたと推認できるとした。 


以上より、Xの請求を認容した。 


第2審の東京高裁は、前記東京地裁の判断を維持した。 

本件のポイント

一般に、 求人票に記載された労働条件の内容は、雇用契約の申し込みそのものではなく、 採用応募者からの申し込みの誘因に過ぎないとされています。

このため、求人票とは異なる労働条件で採用すべき合理的理由が存在し、雇用契約の締結までに会社から応募者に必要な説明が尽くされていれば、求人票記載の労働条件と異なる労働条件を内容とした雇用契約を締結することは可能です。 


しかし、本件で問題となった労働条件は無期か有期かという点ですが、「正社員」 という求人票の記載であったにもかかわらず、あえて有期の雇用契約書を作成するに至った理由が不明であり(Y法人はこの点を何ら主張していません。)、 その理由が採用面接の際にXに何も説明されていなかったこと、 Y 法人は有期契約と主張するところ、それと矛盾する各事実経過があることから、求人票の内容のとおり無期雇用契約が締結されたと考えるのが自然のように思われます。 ​


<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2024年8月5日号(vol.295)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

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