2023.12.21

年休取得申請に対する時季変更権の行使が問題となった事例~東京地裁令和5年3月27日判決(労働判例1288号18頁)~弁護士:五十嵐亮

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

事案の概要

当事者

原告Xは、Y社に入社後、新幹線の乗務員として従事していた者である。

被告Y社は、旅客運送事業などを営む株式会社である。

Xの勤務体制

Y社では、旅客需要の短期的な変動への対応から、適正な輸送力確保を目的として弾力的な列車本数の設定が行われており、定期列車を担当する行路( 定期行路) と臨時列車等を担当する行路( 臨時行路) に区分した勤務体制が組まれていた。

主に定期行路を担当する交番担当乗務員と、主に臨時行路を担当する予備担当乗務員とされていた。

交番担当乗務員は、定期行路の乗務を担当するため、周期的な常務形態となっていたが、予備担当乗務員は、臨時行路等の数が一定しておらず、交番担当乗務員が休みを取得した場合の代替要員となることから、周期的な常務形態にはなっていなかった。

そして、X は、偶数月が予備担当乗務員、奇数月が交番担当乗務員として割り当てられていた。

Y社の年休申請方法及び勤務日の確定方法

Y社の年休取得方法及び勤務日の確定方法は以下のとおりである。

①前月20日までに年休申込簿に記載し届け出る

②Y社が前月25日に従業員らの勤務割を指定した勤務指定表を発表し、これをもって勤務日及び年休取得日を確定させる

③ただし、予備担当乗務員は、臨時的に業務に従事する可能性があったことから、勤務日の5日前に発表される日別勤務指定表にて具体的な勤務予定が確定される

訴訟の内容

Xは、Y社に対し、年休の申請をしたのに対して、Y社から時季変更権を行使され就労を命じられたことにつき、Y社の時季変更権の行使は違法であり、それにより年休を取得できず精神的苦痛を被ったとして、労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料60万円の支払を求めて提訴した。

本件の争点

本件の争点は、多岐に及ぶが、主に、①Y社の時季変更権の行使が不当に遅延したものといえるか、②Y社の時季変更権の行使が恒常的な要員不足に陥った状態のままなされたといえるか等である。

裁判所の判断

争点①について

裁判所は、使用者の時季変更権は「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合」に時季変更権を行使できる(労基法39条5項ただし書)とされているところ、「使用者が事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも労働者が時季指定した日の相当期間前までにこれを行使するなどの労働者の円滑な年休取得を著しく妨げることのないように配慮すべき義務を負っている」と判断した。

本件では、Xが、前月20日までに年休申込簿に記入することで時季指定権を行使し、前月25日の勤務指定表の発表段階ではY社の時季変更権の行使の可能性が残存していることになり、また、年休指定日とは別の日に年休を取得させるという取扱いもされておらず、このような対応は、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えているものとして債務不履行があると判断した。

争点②について

裁判所は、使用者は、労働契約上の付随義務として「恒常的に要員不足の状態にあり、常時代替要員の確保が困難である場合には、そのまま時季変更権を行使することを控える義務を負う」と判断した。

本件では、Y社は、年間20日の年休取得を目標値としていたとしながら、実際には目標値を下回る平均16日未満であり、また、不足する労働力を補って年休取得が可能な人員を増加させるために各乗務員に休日の振替をしないまま、休日勤務を指定していたことから、恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使していたとして、債務不履行があると判断した。

本件のポイント

本判決は、使用者による時季変更権の行使について、合理的期間内に行われるべきことを示しました。

「事業の正常な運営を妨げる事由」が生じた際には、なるべく早く従業員に時季変更権の行使の可能性があることを伝えるとともに、仮に直前に時季変更権を行使せざるを得ない場合でも、代わりの日に年休を取得させる対応が必要になるでしょう。

また、本判決は、事業所が、恒常的に要員不足の状態にある場合には、時季変更権の行使を控えるべきと判断しました。

人員に余裕のない事業所では特に注意が必要となります。


初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2023年10月5日号(vol.285)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

       

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