高齢運転者事故、自ら逆転有罪判決を求める(弁護士:今井 慶貴)

※この記事は、株式会社東京商工リサーチ発行の情報誌「TSR情報」で、当事務所の企業法務チームの責任者 弁護士今井慶貴が2017年4月より月に一度連載しているコラム「弁護士今井慶貴のズバッと法談」の引用したものです。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 今井 慶貴

今井 慶貴
(いまい やすたか)

一新総合法律事務所
副理事長/新潟事務所長/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:早稲田大学法学部

新潟県弁護士会副会長(平成22年度)、新潟市包括外部監査人(令和2~4年度)を歴任。
主な取扱分野は、企業法務(労務、契約、会社法務、コンプライアンス、事業承継、M&A、債権回収など)、事業再生・倒産、自治体法務です。
現在、東京商工リサーチ新潟県版で「ズバッと法談」を連載中です。

 

第42回のテーマ

この“ズバッと法談”は、弁護士今井慶貴の独断に基づきズバッと法律関連の話をするコラムです。

気楽に楽しんでいただければ幸いです。

 

今回のテーマは、高齢運転者事故、自ら逆転有罪判決を求めるです。

 

その1.異例の弁護側の逆転有罪主張

高齢運転者による重大事故の発生が社会問題となって久しいです。

最近のニュースでも、池袋での元官僚による母子が亡くなった事故についての第1回公判で、被告人が車の故障による暴走を主張して罪を争うという報道がありました。

 

これと対照的に、前橋市で女子高生2人を死傷させた高齢男性による事故について、一審で無罪判決を受けた控訴審において、弁護側が自ら有罪を主張したという報道もありました。

一審で無罪となった弁護側が控訴審で有罪主張に転じるのは、確かに異例と言えるでしょう。

 

 

争点は、高齢男性が薬の副作用で意識障害に陥り、事故に至ったことについて、「予見可能性」があったかどうかということです。

一審判決は薬の副作用の説明を受けた証拠はないとして予見可能性を否定し、検察が控訴をしていました。

 

控訴審の弁護人は、一審判決後に長男を通じて依頼され、被告人と面会し、有罪を認める意思を確認したということです。

弁護人は公判で、「88歳で余命も長くない。人生の最期を迎えるに当たり、罪を認め、その責任を取り、償いたい」と述べ、閉廷後、記者団に「過去に何度も事故を起こし、予見可能性があった。

運転を回避する義務があった。」などと説明したそうです。

 

その2.弁護士倫理との関係

この報道に接して思ったのは、刑事弁護人としての倫理との関係で問題がないのだろうかということです。

 

実際、弁護人に対し、群馬弁護士会から「本人の意思を確認するように」と慎重な対応を求める書面が届いたということです。
ここで、有罪主張が被告人本人の真意によるものであれば何が問題なのか?とも思われますが、一審判決が無罪と判断していることは、確定判断ではないものの、「客観的に無罪である(少なくともそう主張しうる)のに弁護人が有罪の主張をしている」との見方もできなくはないでしょう。

 

参考までに、弁護士倫理の設例で出る「被告人が真犯人の身代わりであることを知った場合の弁護人の対応」としては、

①被告人の意思に反しても無罪の主張をする

②辞任する

③情状弁護のみをする

④被告人の意思に従って有罪の主張をする

といった選択肢があるとされています。

 

最後に一言。

過失の判断はあくまで法的評価であり、過失の自認により直ちに有罪とはなりません。

今回の弁護人の弁護方針は、社会的存在である被告人のための弁護であったと思います。

それよりも、政治の動きの鈍さに言いたいですね。

「高齢者の事故を防ぐ政策に本気で取り組め!」

 

(このコラムは2020年10月26日発行のTSR情報に掲載されたものです。)

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