2020.2.27

検事長定年延長批判・公務員定年延長法案見送り。超高齢化社会日本が抱える定年問題(弁護士:和田光弘)

 

「法の支配 根底から揺るがす」憲法学者ら検事長定年延長批判

東京高検の黒川検事長の定年は国家公務員法に基づいて延長されましたが、森法務大臣は国家公務員法に定年制が導入された当時には、検察官の定年延長が可能とは解釈されていなかったものの、今回の政府の法解釈で可能になったという認識を示しています。
これについて、憲法学者や政治学者などで作る「立憲デモクラシーの会」が21日、都内で記者会見し抗議声明を発表しました。
声明では「権力の中枢にある者の犯罪をも捜査の対象とする検察官の人事のルールは、国会の審議・決定を経ずして、単なる閣議決定で決められるべき事柄ではない」としたうえで、「ときの政権の都合で、従来の法解釈を自由に変更してかまわないということでは、政権の行動を枠にはめるべき法の支配が根底から揺るがされる」としています2020年2月21日 20時49分 NHKWEBニュース

 

東京高検検事長の定年が、現在の政権によって特例的に延長されました。

国会でも大きく取り上げられ、議論がされています。

 

とりわけ、国家公務員法の解釈が変更されたことや現在の東京高検検事長の黒川さんだけに適用されたことをめぐって、週刊誌の話題にもなっています。

簡単に言えば、黒川さんを次期検事総長にすることが現在の政権の思惑で、検事総長になると、黒川さんが65歳まで検察庁の指揮を取ることになります。

 

どうして黒川さんを検事総長にしたいのか?

 

それが問題ですね。

 

本来なら、黒川さんが定年で東京高検検事長を退職された後には、誰かが東京高検検事長に任命され、その方が検事総長になる予定であったはずなのですが、このままだと、予定していた方(多分、現在の名古屋高検検事長)は検事総長になれずに定年退官ということになると思われます。

 

どうして現政権は黒川さんに固執し、予定されている方を退官させたいのか?

 

これは謎です。

 

人事の世界の魑魅魍魎(ちみもうりょう)というところであり、考え始めると、なかなか、くどい味わいのあるような話で、このコラムには向きません。どちらかというと、酒の肴にちょうどいいかもしれません。

 

ということで、焦点を「定年」問題に切り替えます。

 

 

公務員定年延長法案に異論 自民部会、了承見送り

自民党は21日、内閣部会などの合同会議を党本部で開き、国家公務員の定年を60歳から65歳に延長する法案の了承を見送った。令和4年度から2年ごとに1歳ずつ引き上げる内容で、「公務員優遇との批判に耐えられない」と異論が相次いだ。政府は今国会への提出を予定している。2020.2.21 15:00 産経ニュース

 

日本の定年制は、日本の戦後の労働慣行と深く結びついています。

つまり、新卒採用、終身雇用、年功賃金という具合に、一生、企業が労働者の面倒を見てゆくことで、労働者が企業に奉仕する、忠誠を尽くすというメンタリティを養っているわけです。

 

これはどこから来たのか。

 

実は、日本の公務員制度が元々そういう制度設計(安定した生活保障としての雇用)であった(日本の公務員制度はドイツから学んだようですが)ことから、戦後、一般企業がこれを目指したことがあったようです。

 

その大元の国家公務員の定年延長がいよいよ法案にされようとしています。

そのこと自体は悪いようには思えません。

 

皆さんも、60歳に定年を迎えても、年金が出る年齢が65歳ですから、5年間は再雇用・嘱託制の方式で、「つなぎ」の労働をしなければならないところですし、公務員も同じでしょうから。

 

ただ、欧米では、「定年制」そのものは「年齢差別」になるということで、原則として「定年」を設けることは認めていません。ただ、年金がもらえるようになることや、会社の労働政策として合理的な理由がある場合など、年齢とは別の要素で合目的な政策として認められる場合には「定年制」つまり「労働の上限年齢を定めること」も認められるとされています(みずほリサーチJune2007「欧米英諸国における年齢差別禁止と日本への示唆」大嶋寧子)。

 

どこの国でも、労働から老後の生活設計までスムースに引き継がれ、かつ、労働市場にも悪影響を与えないような定年延長は、必要でしょうし、認められているわけです。

日本の中小企業400万社の社長さんたちの平均年齢はもう65歳を超えています。私が知っている社長さんたちは、「死ぬまで社長」と思っている人や実際にそう公言している人が大勢います。

 

まあ、それだけ、元気でしっかりしているわけですね。良いことです。

むろん、「老害」もあるわけですが、心身の健康維持に注意を払っている限り、また株主さんや従業員から支持されている限り、がんばられることは悪いことではないでしょう。

 

ただ、欧米の年金水準は日本より高いので、特に公務員の人たちは、早期にリタイアしたがる人が多いということです。

 

どれくらい違うのでしょうか。

 

アメリカとの比較では、在職時給与の70%程度が年金として給付されるので、日本の35%から40%と比べると相当開きがあります。金額にしても倍近くの開きがあるようです(日本が350万円だとするとアメリカは700万円)。

 

英独仏との比較ですと、金額にしてみるとそれほど大きな開きはないようですが、それでも日本よりは少し高めの設定になるようです。

 

今や、日本では、元気な高齢者は働けと言わんばかりの政策転換の勢いがあります。そのうち、70歳までは労働できるなら労働してください、となる見込みです。年金の受給開始年齢を上げるのでしょう。

 

問題は、自分の老後をどう生きたいのか、ということになると思います。

 

暮らしに困らない年金をもらいながら、なお、働いてみる価値があるか、自分で決められる社会が良いと思います。

 

今、年金だけでは生活できない老後を迎えた方達の苦しさや切なさは、理解されているでしょうか。自分で選択できない進路を押しつけられながら(生活にゆとりがない以上、どんなに辛い仕事でも働くしかない)、なお老後を送らざるを得ない人たちがどれだけいるでしょうか。

 

政府は、予算の組み立てを見直し、思い切って老後の生活保障をきちんと仕切り直し、「働くか、働かないか、自分自身が選択する老後」を日本社会に暮らすすべての人たちに見せるべきでしょう。その設計図があってこそ、稼働年齢の人たちも、自分の老後に希望を抱き、また安心できる老後を前提に消費もしやすくなるでしょう。

 

今のままでは、不安な老後のために貯蓄に走るしかない多くの労働者が、休むことなく労働させられている状況が続くだけです。

「公務員だけ優遇するな」という自民党の議員の人たちの心情は分からなくもありません。しかし、公務員だけでなく、すべてのこの社会で働く人たちの老後の設計はどうなるのか、安心できる世界を切り開いてもらいたいと思うのは、多分私一人だけではないでしょう。

 

近視眼的な議論をしているだけではないですか。大丈夫ですか。

 

・「桜を見る会」に予算の3倍ものお金を費やしている場合ではないです。

・アメリカの武器購入要請に従って、何千億円の約束している場合ではないです。

・基地負担要求に応えて1兆円以上の予算を考えている場合ではありません

 

定年延長をするのは、一般論として悪くありませんが、老後の生活設計と結びつかないと、強制的労働になりかねません。

そこをわかりやすく、議論して欲しいと思います。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 和田 光弘

和田 光弘
(わだ みつひろ)

一新総合法律事務所
顧問/弁護士

出身地:新潟県燕市
出身大学:早稲田大学法学部(国際公法専攻)

日本弁護士連合会副会長(平成29年度)をはじめ、新潟県弁護士会会長などを歴任。

主な取扱い分野は、企業法務全般(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)。そのほか、不動産問題、相続など幅広い分野に精通しています。
事務所全体で300社以上の企業との顧問契約があり、企業のリスク管理の一環として数多くの企業でハラスメント研修の講師を務めた実績があります。

弁護士:和田光弘