2021.8.2
従業員が起こした飲酒運転による事故に対する会社の責任は?(弁護士:中澤 亮一)
1 はじめに
本年6月28日午後、千葉県八街市の市道で、下校途中だった小学生の列にトラックが突っ込み、児童5名が死傷するという痛ましい事故が起きました。
報道によると、逮捕された運転手は、事故当時は勤務中であったにもかかわらず、コンビニで買った酒を車内で飲んで運転していたとのことであり、それが事実であれば業務中の飲酒運転による事故ということになります。
業務中の従業員が飲酒運転に及び、その結果交通事故を起こしたとなれば、雇用していた企業に対する影響は避けられず、SNSなどの拡散によって、取り返しのつかない事態になることも否定できません。
今回は、業務中の飲酒運転による事故に対する会社の責任について、確認してみたいと思います。
2 業務中の飲酒運転による事故に対しての会社の責任は
⑴ 刑事責任
飲酒運転を行った本人が刑事責任を負うことは当然ですが、従業員個人だけでなく、会社に対しても刑事責任が及ぶことがあります。
例えば、会社が従業員に対して、飲酒で正常な運転ができないおそれがある状態と認識していながら運転をさせたり、またはそのような運転を容認していたような場合には、飲酒運転のおそれのある者への車両の提供として、会社代表者などに対して5年以下の懲役又は100万円以下の罰金(酒気帯びの場合は3年以下の懲役または50万円以下の罰金)が科されるおそれがあります。
⑵ 民事責任
飲酒運転によって事故が発生し、相手に怪我を負わせたり死亡させたりした場合には、運転手個人には民事責任(損害賠償責任)が生じます(民法709条)。
とくに死亡事故の場合には、ときには数千万円や数億円という極めて高額の賠償請求を受けることになります。
そして、それが業務中の事故の場合には、個人だけでなく会社に対しても民事責任が生じ(民法715条、自動車損害賠償保障法3条)、会社が損害賠償請求を受ける可能性があるのです。
被害にあった側の立場とすれば、運転手個人だけでなく会社に対しても法的責任を追及できるという場合、ほぼ間違いなく会社に対しても請求を行うでしょうし、それが飲酒運転という場合なら過失割合の観点からも不利に斟酌される可能性が高く、更に死亡事故であれば上記の通り極めて高額な請求となりますので、会社にとっては大きなリスクといえます。
⑶ 行政上の責任
業種(貨物運転事業者など)によっては、飲酒事故の発生により、会社に対して一定期間の車両使用停止、事業停止、営業許可取消処分等の処分が科されることもあります。
⑷ その他の責任
現在、無視できないのがSNSなどによる会社の信用に対する被害です。
冒頭の八街市の事故では、運転手の勤務先会社だけではなく、同じ市内の別の運送会社や、当該勤務先会社と漢字は異なるものの同じ読みをする全く別の会社、さらには全日本トラック協会にまで抗議の電話などがあり、TwitterをはじめとするSNSでも、いわゆる「炎上」が発生しています。
とくにインターネット上でのこのような企業の信用被害は、一度発生してしまうと早期の沈静化は困難であり、拡散した情報を完全に消去することは不可能です。
交通事故に限りません(たとえばいわゆる「バイトテロ」など)が、近年はこれら信用被害によって企業に重大な損害が生じる例が後を絶たず、この種のリスクを軽視することは極めて危険です。
3 実際の裁判例
業務中の飲酒運転による事故の裁判例として有名なのが、東名高速飲酒運転事故判決(東京地判平成14年7月23日)です。
これは、平成11年11月28日に、飲酒運転のトラックが普通乗用車に追突したというもので、乗用車は大破炎上し、同乗していた3歳と1歳の幼児2人が焼死、男性一人が全身の四分の一を火傷する大けがを負ったという悲惨な事故でした。
この事故では、被害者らからトラック運転手及びその勤務先会社に対して、およそ3億5600万円の損害賠償が請求され裁判となりましたが、裁判所は会社らに対しておよそ2億5000万円の支払いを命じています。
この事故は社会的にも影響を与えており、当時未制定だった危険運転致死傷罪が制定されるきっかけになったともいわれています。
4 飲酒運転を起こさないために会社にできることとは
このように、従業員の飲酒による事故は会社に対して極めて大きな影響を与えます。
それでは、飲酒事故防止のために、会社はどのような対策を行うべきなのでしょうか。
⑴ 飲酒運転防止体制の構築、社用車等の取扱ルール策定
運送事業者の場合は、アルコール検知器の備付やそれを使用した酒気帯びの有無の確認が義務化されているため、これを遵守することは不可欠といえますが、それ以外の会社も、例えば営業のために車を運転する従業員には運転前に検知器による検査を行うなど、アルコール検査を制度として導入することを検討するべきでしょう。
また、裁判例上、従業員が社用車を運転して交通事故を起こしてしまった場合、会社が責任を免れることは極めて困難です。
そこで、社用車の使用をできる限り最小限とするようなルールを前もって設けておくことも必要といえます。なお、任意保険の加入は必須です。
さらに、自家用車(従業員個人が所有する自動車)については、業務での使用はできる限り禁止するべきですし、やむを得ず自家用車の使用を認める場合には、従業員に対し任意保険への加入を義務付けるなどの対応が必要です。
⑵ 従業員に対する教育
万が一にも勤務中の飲酒運転事故が発生しないよう、従業員に対して十分な社内教育を行っておくことも必要です。
上記のような法的責任については、弁護士によるセミナーの開催も効果的でしょう。
また、もし(飲酒運転でなくとも)事故を起こしてしまった場合にパニックにならないよう、警察への通報や会社への報告、被害者の救護等の必要な措置について、再度確認しておくのもよいと思います。
5 まとめ
このように、勤務中の従業員による飲酒運転や、それによる事故が発生した場合、会社に対する影響は甚大なものとなります。
そもそも従業員が飲酒運転や交通事故を起こさないように万全を期すことも当然必要ですが、仮にそのような事態になったとしても会社としては適切な管理監督をしていたものと評価されるよう、可能な限りの防止策を講じておく必要があるといえるでしょう。
* 本記事は2021年8月執筆時での法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。
* 記事の内容については、執筆当時の法令及び情報に基づく一般論であり、個別具体的な事情によっては、異なる結論になる可能性もございます。ご相談や法律的な判断については、個別に相談ください。
* 当事務所は、本サイト上で提供している情報に関していかなる保証もするものではありません。本サイトの利用によって何らかの損害が発生した場合でも、当事務所は一切の責任を負いません。
* 本サイト上に記載されている情報やURLは予告なしに変更、削除することがあります。情報の変更および削除によって何らかの損害が発生したとしても、当事務所は一切責任を負いません。
関連する記事はこちら
- 障害者雇用の職員に対する安全配慮義務違反が認められた事例~奈良地裁葛城支部令和4年7月15日判決(労働判例1305号47頁)~(弁護士 五十嵐 亮)
- 契約期間の記載のない求人と無期雇用契約の成否~東京高等裁判所令和5年3月23日判決 (労働判例1306号52頁)~(弁護士 薄田 真司)
- 非管理職への降格に伴う賃金減額が無効とされた事例~東京地裁令和5年6 月9日判決(労働判例1306 号42 頁)~(弁護士:五十嵐亮)
- 売上の10%を残業手当とする賃金規定の適法性~札幌地方裁判所令和5年3月31日判決(労働判例1302号5頁)~弁護士:薄田真司
- 扶養手当の廃止及び子ども手当等の新設が有効とされた事例~山口地裁令和5年5月24日判決(労働判例1293号5頁)~弁護士:五十嵐亮
- 死亡退職の場合に支給日在籍要件の適用を認めなかった事例~松山地方裁判所判決令和4年11月2日(労働判例1294号53頁)~弁護士:薄田真司
- 育休復帰後の配置転換が違法とされた事例~東京高裁令和5年4月27日判決(労働判例1292号40頁)~弁護士:五十嵐亮
- 業務上横領の証拠がない!証拠の集め方とその後の対応における注意点
- 海外での社外研修費用返還請求が認められた事例~東京地裁令和4年4月20日判決(労働判例1295号73頁)~弁護士:薄田真司
- 問題社員・モンスター社員を辞めさせる方法は?対処法と解雇の法的リスクについて