2015.10.15

中小企業の経営承継円滑化に関する法律の改正(弁護士古島実)

経営者様からのご質問

Q.

中小規模の会社を経営しています。

会社を長男に継がせるため、自社について私の保有株式は全て長男に贈与又は相続させたいのですが、気をつけるべきことはありますか。

また、長男ではなく、甥に継がせるために生前の全ての株式を甥に贈与する場合はどうですか。

A.

「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下「円滑化法」といいます。)が平成21年3月に施行され、平成27年8月に適用範囲の拡大についての改正がありました。

円滑化法は遺留分の原則に例外を設けます

民法には、相続人の権利を守り、相続人間の公平を図るために、遺留分という制度があります。

各相続人には、相続財産のうち一定割合について、それを取得する利益が留保されています(これを遺留分(いりゅうぶん)といいます)。

この遺留分は、遺言によっても減らすことができません。

 

そのため、相続財産において自社の株式以外の高額の財産がない場合、遺言によって一人の相続人(長男)に株式を全て相続させようとしても、他の相続人が遺留分を主張して、他の相続人が取得することになり、せっかく特定の相続人に集中しても、株式が分散されてしまう危険性があります。

この遺留分の主張を遺留分減殺請求といいます。

 

生前に予め株式を一人の相続人に贈与しておいた場合でも、当該株式は相続時に相続財産として取り扱われるので、結局は同じ問題が起こります。

 

また、生前に、相続人以外の第三者(甥)に贈与した場合でも、一定の場合、相続人は遺留分減殺請求をして、贈与を受けた第三者(甥)から取り戻すことができます。

円滑化法による遺留分制度の修正

 

この問題について円滑化法は、相続人となる者らの事前の合意によって、遺留分を算定するための財産の価額から株式等(株式の他にも、被相続人個人名義の事業用不動産等)を除外することを可能にしました。

これにより、遺留分制度による株式等の分散を防ぎ、一人の相続人を後継者として集中的な経営を行うことが可能です。

 

平成21年3月の施行については、遺留分制度の修正は、相続人に対して贈与又は相続がなされた場合にのみ適用されましたが、今回の改正により、第三者に贈与する場合にも適用されることになり、遺留分制度の修正の範囲が拡大しました。

要件と必要な手続き

円滑化法の適用対象企業は、一定規模以下のものに限られます(例えば、製造業では資本金3億円以下または従業員300人以下)。

 

また、後継者となる相続人が既に株式を総議決権の50%よりも多く保有している場合は、円滑化法の適用はありません(この場合、相続人の保有株式が分散しても後継者による会社経営に影響は無いため。)

 

手続きとして、まず、相続人となる者全員が遺留分の算定基礎財産から株式等の財産を除外する旨を書面によって合意する必要があります。

 

その後、当該合意に基づき経済産業大臣の確認を受け、さらに家庭裁判所の許可を得る必要があります(他にも細かい要件が定められていますが、ここでは割愛させていただきます。)

1 民法特例の合意書の記載事項

合意書には、必ず記載しなければならない事項と必要に応じて記載する事項があります。

2 必ず記載しなければならない事項

1 合意が会社の経営の承継の円滑化を図ることを目的とすること

2 後継者が経営者からの贈与等により取得した自社株式について

  ・遺留分算定の基礎財産から除外する旨

  ・遺留分算定の基礎財産に算入すべき額を固定する旨

3 次の場合に非後継者がとり得る措置

  ・後継者が㈪の合意の対象とした自社株式を処分した場合

  ・後継者が経営者の生存中に代表者を退任した場合

 

【必ず記載しなければならない事項3の具体例】

1 非後継者は、合意を解除することができる。

2 非後継者は、後継者に対し、対象株式を他に処分して得た金銭の一定割合に相当する額を支払うよう請求することができる。

3 非後継者は、後継者に対し、一定の違約金、制裁金を請求することができる。

 

3 必要に応じて記載する事項

4 後継者が経営者からの贈与等により取得した自社株式以外の財産(事業用資産など)を遺留分算定の基礎財産から除外する旨

5 推定相続人間の衡平を図るための措置

6 非後継者が経営者からの贈与等により取得した財産を遺留分算定の基礎財産から除外する旨

 

【必要に応じて記載する事項5の具体例】

  • 後継者は、非後継者に対し、一定額の金銭を支払う。
  • 後継者は、先代経営者に疾病が生じたときの医療費を負担する。

 

【必要に応じて記載する事項6の具体例】

  • 非後継者が経営者からの贈与により取得した現預金や自宅不動産について遺留分算定の基礎財産から除外する。

その他

円滑化法は、上記の定めの他にも、株式等を遺留分算定基礎財産に参入する場合にその株式の価額を事前の合意時の価額に固定できることや中小企業信用保険法の特例など、経営承継の円滑化に資するための制度を定めています。

参考資料

中小企業庁がわかりやすいパンフレットを作ってPDFで無料配布していますので、参考にしてください。

『事業承継ハンドブック』

 

弁護士 古島 実

 

<初出>

・顧問先向け情報紙「こもんず通心」2015年10月15号(vol.183)

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。