マタハラ注意警報!(弁護士:橘里香)

 

「マタハラ」とは、マタニティハラスメントの略です。

妊娠・出産したこと、育児や介護のための制度を利用したこと等を理由として、事業主が解雇、 減給、降格、不利益な配置転換、契約を更新しない(契約社員の場合)といった「不利益取扱い」をすることや、妊娠・出産したこと、育児や介護のための制度を利用したこと等に関して、上司・同僚が就業環境を害する言動を行うことを言います。

 

 

妊娠・出産・育児休業の取得を契機とした不利益な取り扱いは、男女雇用機会均等法( 9 条)や育児介護休業法(10 条)で禁止されており、違反すると、損害賠償請求の対象となります。

また、平成29 年1月1日施行の改正男女雇用機会均等法では、妊娠・出産・育児休業・介護休業等を理由とする社内労働者(上司・同僚等)からのハラスメント行為を防止するために必要な措置が事業主に義務付けられました。

社会的にも、法的にも、マタハラに対しての考えが厳しくなってきていることに注意が必要です。

 

では、以下2 つの判例を具体的に紹介したいと思います。

 

⑴ 福岡地方裁判所小倉支部平成28 年4 月19日判決

ア 事案

介護職員Xは、平成25 年8 月、営業所長に妊娠(4 か月)を報告し、報告から1 か月以

上経過した9 月に営業所長との面談が行われた。

この面談で、X は、できる業務とできない業務の確認をされたが、その際、営業所長から「妊婦として扱うつもりないんですよ」「万が一何かあっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか、最悪ね。」等と言われ、再度、医師にできる業務とできない業務を確認して申告するよう指示がされた。

しかし、X は、その後、申告は行わず、同僚に対応してもらうなどして業務に対応した。

その後、12 月になって、エリア統括と面談し、漸く業務軽減が図られた。

かかる会社対応について、X が、妊娠を報告したにも関わらず、業務を軽減しなかったと

して、営業所長と会社に対して慰謝料等を求めた事案です。

イ 判決

判決では、9 月の面談時の営業所長の発言は、妊娠による業務軽減等の要望が許されないとの認識を与えかねないもので相当性を欠き、「全体として社会通念上許容される範囲を超えているもので、X の人格権を害する」、「業務指導として不当なもの」と判断されました。

そして、営業所長の発言によりX が萎縮していたこと等を勘案すると、指示をしてから1 か月経過してもX から申告がないような場合には、会社において再度確認したり、医師に確認したりしてX の職場環境を整える義務を負っていたというべきであり、1 か月を経過した後も傍観し、何らの対応をしていないことは「職場環境を整え、妊婦であったX の健康に配慮する義務に違反した」と判断し、営業所長の不法行為責任を認めました。

 

その上で、会社の責任として、使用者責任を認めるとともに、会社側に妊娠の報告があった平成25年8月以降、営業所長から具体的措置を講じたか否かについて報告を受け、営業所長を指導することや他の者に命じて具体的な業務軽減指示をせずにいたことから、就業環境整備義務違反があるとして、債務不履行責任を認め、営業所長と会社は連帯して35万円を支払うよう判断しました。

ウ ポイント

この判決で、注目すべきは、単に待ちの姿勢でいることを認めず、積極的に職場環境を整えるべきであったとしている点です。

本件では、8 月の妊娠報告以降、会社として営業所長に確認したりして具体的措置を講ずるべきであったとしています。

妊娠したとの報告を受けた場合には、「そうですか」で終わらせ、あとは本人任せにするのではなく、会社として職場環境配慮義務に基づき業務内容について再度確認協議をきちんと行うことが大切であるということです。

 

⑵ 東京地方裁判所立川支部平成29 年1 月31日判決

ア 事案

本件は、測量や墨出し工事等に従事していたX が、平成27年1月、社長に妊娠を報告したところ、同社長が代表を務める別会社である派遣会社への登録を進められ、登録を行ったところ、その後同年6 月になって、派遣会社への登録をもって退職扱いになっていることが発覚し、労働契約上の地位確認等を行ったという事案です。

イ 判決

均等法の趣旨に照らすと、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要があるとした上で、本件では、産後の復帰可能性のない退職であると実質的に理解する契機がなかった等として自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認められないとして、Xの地位を認めました。

ウ ポイント

この判決のポイントは、妊娠している労働者と退職合意で退職手続を行う場合に、会社側が自由な意思に基づいて合意したことを立証する必要があるとしている点です。

厳しい言い方をすれば、会社は、労働者から妊娠したので退職させてくださいと言われた場合にも、後に争われたときに、労働者の自由意思に基づくことを示せるよう資料を残し、適正な段取り・処理を行っていないと、ひっくり返される危険があるという点です。

妊婦の退職手続は、特に慎重に行いましょう。

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 橘里香

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2018年1月5日号(vol.216)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。