【未払賃金立替制度】会社が倒産したら未払い給料はどうなる?いつもらえる?

この記事を執筆した弁護士
弁護士 鈴木 孝規

鈴木 孝規
(すずき たかのり)

一新総合法律事務所  弁護士

出身地:静岡県静岡市
出身大学:一橋大学法科大学院既修コース卒業

主な取扱分野は、企業法務(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収など)。そのほか相続、金銭トラブルなど幅広い分野に対応しています。
企業法務チームに所属し、社会保険労務士向け勉強会では、ハラスメント対応をテーマに講師を務めた実績があります。

会社の経営状況が急速に悪化してしまった場合、従業員に対する賃金が未払いのまま倒産する会社も少なくありません。


賃金が支払われないまま会社が倒産してしまったときに、未払い賃金の一部について国が立て替えを行う制度が、「未払賃金立替払制度」です。


このコラムでは、未払賃金立替制度を利用する際の要件や、手続きの流れ、支給時期について、また、賃金未払いのまま会社を倒産させてしまったときの会社の責任や会社のすべき対応について詳しく解説します。

\このコラムでわかること/
・未払賃金立替制度が利用できる条件、申請手続きの流れ、支給時期など
・賃金未払いのまま会社を倒産させてしまった場合の会社責任や取るべき対応

1.未払賃金立替制度とは?

未払賃金立替制度について

未払賃金立替払制度は、労働者とその家族の生活の安定を図る国のセーフティネットとして、企業倒産に伴い賃金が支払われないまま退職した労働者に対し、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づいて、その未払分の一部を政府が事業主に代わって立替払する制度のことです。


この制度を利用するにあたっては、支払等の業務を実施している独立行政法人労働者健康安全機構への申請が必要となり、一定の要件のもと、未払分の一部の立替払を受けることができます。



立替払が行われた場合、その立替金に相当する額については、労働者健康安全機構が労働者に代わって賃金請求権を取得し、その部分を事業主に対して求償することになります。


なお、企業倒産に伴う退職の場合は会社都合退職となりますので、自己都合退職の場合よりも早期に雇用保険(失業保険)を受給することができます。

未払賃金立替制度の利用の手続と併せて、雇用保険(失業保険)の受給のための手続も進めておくとよいでしょう。

未払賃金立替制度の対象となる「倒産」とはどういうことか

未払賃金立替制度は、企業倒産に伴い賃金が支払われないまま退職した労働者に対して、その未払部分の一部を立替払する制度です。


ここにいう「倒産」とは、「法律上の倒産」または「事実上の倒産」(中小企業事業主のみ)をいいます。


「法律上の倒産」とは、法的な破産手続き、すなわち、破産法に基づく破産手続開始の決定、会社法に基づく特別清算開始の命令、民事再生法に基づく再生手続開始の決定、会社更生法に基づく更生手続開始の決定のいずれかを受けたことをいいます。


「事実上の倒産」とは、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、かつ、賃金支払能力がない状態になったことについて労働基準監督署長の認定を受けたことをいいます。



なお、中小企業事業主とは、以下のいずれかに該当する事業主をいいます。

⑴ 主たる事業が一般産業(卸売業・サービス業・小売業を除く)の場合
資本の額または出資の総額が3億円以下または労働者数が300人以下

⑵ 主たる事業が卸売業の場合
資本の額または出資の総額が1億円以下または労働者数が100人以下

⑶ 主たる事業がサービス業の場合
資本の額または出資の総額が5000万円以下または労働者数が100人以下

⑷ 主たる事業が小売業の場合
資本の額または出資の総額が5000万円以下または労働者数が50人以下

未払賃金立替制度を利用するための条件とは

だれがもらえる?未払賃金立替制度の対象者

未払賃金立替制度の利用ができるのは、次の要件をいずれも満たしている人になります。

⑴ 労働者災害補償保険(労災保険)の適用事業で1年以上事業活動を行っていた事業主(法人、個人は問われません)に雇用され、企業倒産に伴い賃金が支払われないまま退職した労働者

⑵ 裁判所への破産手続開始等の申立日(法律上の倒産の場合)又は労働基準監督署長に対する事実上の倒産の認定申請日(事実上の倒産の場合)の6か月前の日から2年の間に当該企業を退職した労働者

⑶ 未払賃金額等について、破産管財人等の証明(法律上の倒産の場合)又は労働基準監督署長の確認(事実上の倒産の場合)を受けた労働者

労災保険の適用事業とは、農林水産業の一部を除いて、労働者を1人以上使用するすべての事業が該当します。

ただし、同居の親族のみを使用する事業は、労災保険の適用事業に該当しません。


「労働者」とは、労働基準法9条に該当する労働者をいい、倒産した事業主に雇用され、労働の対価として賃金の支払を受けていた人になります。

正社員のほか、アルバイト、パート等も含まれます。

代表権を有する会社役員等の場合は、労働基準法9条の労働者に該当せず、未払賃金立替制度の対象者にはなりません。

未払賃金立替制度の対象となるもの

未払賃金立替制度において、立替払の対象となる未払賃金は、退職した日の6か月前から立替払請求日の前日までに、支払期日が到来している「定期賃金」「退職手当」です。

ただし、未払賃金総額が2万円未満のときは対象外になります。


「定期賃金」とは、労働基準法第24条第2項に規定する、毎月1回以上定期的に決まって支払われる賃金(例:基本給・家族手当・通勤手当・時間外手当等)で、所得税、住民税、社会保険料等法定控除額を控除する前の額になります。


「退職手当」とは、労働協約、就業規則(退職金規程)等に基づいて支給される退職金をいいます。

事業主が、中小企業退職金共済制度等の社外積立の退職金制度に加入し、他制度から退職金が支払われる場合は、支払われる額の確定を待って、その額を差し引いた額が立替払の対象になります。


他方で、賞与やその他の臨時的に支払われる賃金、解雇予告手当や実費弁償としての旅費や用品代等は立替払の対象外とされています。


また、支払われるべき定期賃金及び退職手当の一部について支払を受けた場合や、事業主の債権に基づき毎月の賃金から控除される予定のもの(社宅料、事業主からの物品購入費用、貸付金返済金等)がある場合は、未払賃金からこれらのものを指し引いた後の額になります。

\ポイント/
・未払賃金立替制度の立替払の対象となるのは「定期賃金」「退職手当」
・退職した日の6か月前から立替払請求日の前日までに、支払期日が到来しているもの
・賞与(ボーナス)、臨時的な賃金など、立替払いの対象外になるものもある

立替払いで受けとれる支給額は未払賃金の8割

立替払制度を利用して受けとれる金額は、未払賃金総額の8割となります。

ただし、退職日の年齢に応じた限度額があり、その限度額を超える場合には、限度額の8割とされています。


限度額は、退職日における年齢が45歳以上の場合は370万円(立替払の上限額は296万円)、30歳以上45歳未満の場合は220万円(立替払の上限額は176万円)、30歳未満の場合は110万円(立替払いの上限額は88万円)となっています。

未払賃金立替制度の申請手続きの流れ

未払賃金額の確認

未払の賃金額等を把握するため、人事担当などに確認します。

特に、事実上の倒産の場合には、倒産の証明書を取得するために、労働基準監督署長宛に各種の申請書の提出が必要になっていますので、事業主や人事担当に協力を求めるとよいでしょう。

また、事業主が、事実上の倒産手続について弁護士に依頼している場合には、その弁護士に協力を求めることも考えられます。


なお、倒産の証明書の取得にあたって、証明者や労働基準監督署から、未払期間の出勤状況や過去の賃金支払状況に関する資料の提出を求められることもあります。


出勤簿やタイムカード等の控えなどの出勤状況がわかる資料、給与明細等の賃金支払状況がわかる資料、労働契約書や就業規則など賃金の計算方法に関する資料は保管しておいた方がよいでしょう。

また、手元に資料等がない場合には、必要に応じて、事業主や事業主が依頼した弁護士にも協力を求めることも考えられます。

倒産の証明書を入手する

①法律上の倒産の場合

立替払の請求者(立替払を受けようとする労働者)は、倒産の際に利用する法的手続に応じた証明者に対して、立替払い請求の必要事項の証明を申請します。

証明者は、法的手続が破産の場合は「破産管財人」、特別清算の場合は「清算人」、民事再生の場合は「再生債務者(管財人)」、会社更生の場合は「管財人」となります。


なお、証明内容に疑義があり、証明者に相談しても解決せず、立替払請求の必要事項の全部又は一部について証明者から証明を得られなかった場合には、労働基準監督署に相談し、労働基準監督署長に対して、証明を得られなかった事項について確認申請を行うことで、確認を受けることができる場合があります。

②事実上の倒産の場合

立替払の請求者が、労働基準監督署長宛に、当該事業場が事業活動を停止し、再開の見込みがなく、かつ、賃金支払能力がない状態になったことについて、認定の申請書を提出し、労働基準監督署長から「認定通知書」を交付してもらう必要があります。


立替払の請求者が2人以上いる場合には、だれか1人が認定の申請書を提出すれば、他の人は同じ手続をする必要はありません。

認定申請書の提出は、退職した日の翌日から6か月以内に提出しなければなりません。


労働基準監督署長から「認定通知書」が交付されたら、未払賃金の立替払を受けようとする労働者ごとに、未払賃金総額等について、労働基準監督署長に確認の申請を行い、確認通知書の交付を受けます。


認定申請書や確認申請書は労働基準監督署のホームページからダウンロードすることもできます。

参考▶未払賃金立替払請求書 記入用|独立行政法人労働者健康安全機構

立替え払いの賃金はいつもらえる?

労働者健康安全機構は、提出された書類を審査し、支払を決定した場合、「未払賃金立替支給決定通知書」を請求者に送付します。

請求書の記入漏れや誤記等がなければ、労働者健康安全機構が請求書を受けたときから30日以内を目安に、請求者の指定した請求者本人名義の普通預金口座に立替払金の支払が行われます。


立替払請求書等を送付してから1か月半以上が経過しても「未払賃金立替支払通知書」が届かない場合には、労働者健康安全機構に問い合わせをして、状況を確認するのがよいでしょう。

未払賃金立替制度を利用する場合の注意点

未払賃金の立替請求には期限がある

未払賃金立替制度には、いくつか期限が設けられていますので、これらの期限を徒過しないように注意が必要です。


未払賃金の立替請求ができる期間は、法律上の倒産の場合、裁判所の破産手続き開始等の決定日(命令日)の翌日から起算して2年以内、事実上の倒産の場合、労働基準監督署長が倒産の認定をした日の翌日から起算して2年以内とされています。


また、事実上の倒産の場合、労働基準監督署長に倒産の認定申請書の提出は、退職した日の翌日から起算して6か月以内に行わなければならないとされています。


これらの期間を徒過してしまうと、未払賃金立替制度を利用できなくなってしまうので、余裕を持って続きを行うようにするとよいでしょう。

立替払いで受給した賃金にも税金がかかる

未払賃金立替制度を利用して受給した立替払金は、定期賃金分、退職手当分のいずれも、法律により退職所得として取扱われ、他の所得と分離して課税されます。

ただし、退職所得については、次のような退職所得控除が認められていますので、「退職所得の受給に関する申告書・退職所得申告書」に記入がある場合には、控除を受けることができます。

(退職所得控除)
⑴ 勤続年数20年以下の場合:40万円×勤続年数(80万円にみたない場合には80万円)
⑵ 勤続年数20年を超える場合:800万円+70万円×(勤続年数-20年)

立替払金の対象が定期賃金分のみである場合でも、退職所得控除が受けられますので、「退職所得の需給に関する申告書・退職所得申告書」は必ず記入するようにするとよいでしょう。

なお、立替払金以外に他の退職手当がある場合(中小企業退職金共済制度等の社外積立の退職金の支給を受けている場合等)は、「未払賃金の立替払請求書」の下欄にある「退職所得の受給に関する申告書・退職所得証明書」ではなく、税務署などに備えてある正規の「退職所得の受給に関する申告書・退職所得申告書」(国税庁や労働者健康安全機構のホームページからダウンロードすることもできます。)に必要事項を記入して提出する必要があります。

未払賃金に対する会社の責任は?

従業員に対する賃金未払いを放置するリスク

会社の経営業況が悪化し、倒産も視野に入ってくると従業員への賃金が未払となってしまうこともあります。

賃金の未払は従業員との雇用契約に違反するもので、従業員側から未払賃金の支払を求める訴訟を提起され、従業員の請求を認める判決がなされた場合、強制執行により預金等の差押えを受けるおそれがあります。

これにより、事業資金が枯渇してさらに経営状況が悪化し、事業が立ち行かなくなってしまうおそれもあります。


また、賃金の不払は労働基準法24条に違反するもので、刑事罰(罰金30万円以下)の対象にもなっています。

賃金未払を放置し、悪質と判断された場合には、捜査機関による取調べを受けて起訴され、罰金刑を科されてしまう可能性もあります。

従業員の申請をサポートする体制を

未払賃金立替制度は、制度上は立替払を受けようとする労働者側で、立替払請求の必要事項についての証明申請(法律上の破産の場合)や確認申請(事実上の破産の場合)を行うことになっています。

しかしながら、実際に労働者単独で申請の手続を行うことは難しい場合もあり、事業主側でも、労働者の申請をサポートできるように体制を整備しておくとよいでしょう。

具体的には、証明申請等に必要な資料の提供、必要に応じた申請書等の記載事項に関する助言を行うこと、倒産手続について依頼した弁護士に必要書類の作成の協力を求めることなどが考えられます。


なお、偽りその他の不正の行為により立替払金を得た場合や、事業主が不正に加担し偽りの報告又は証明をしたために立替払金が支払われた場合には、それらの行為により立替払金を得た者及びそれに加担した者は、刑事告発を受けるおそれがあります。

また、偽りその他の不正の行為により立替払金を得た者は、国から立替払された金額の返還を命じられ、さらに、立替払された金額に相当する金額の納付が命じられることもあります。


不正の行為に加担した事業主についても、不正の行為により立替払金を得た者と連帯して、立替払された金額の返還や立替払された金額に相当する額の納付を命じられるおそれがあります。

[参考:厚生労働省、独立行政法人労働者健康安全機構パンフレット「未払賃金の立替制度のご案内」]


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