預貯金に関する最高裁の判断の統一について~平成28年12月19日最高裁決定と平成29年4月6日最高裁判決~(弁護士:朝妻太郎)

はじめに

昨年12月と今年4月に、相続時における預貯金の取り扱いに関する最高裁の判断が示されました。

預貯金の相続は、資産の大小にかかわらず、どのような相続でも問題となり得る事柄ですので注意が必要です。

金融機関の実務にも重大な影響が生じることから、マスコミでも注目を集めました。

問題の所在

預貯金の相続については、昭和29年4月8日に出された最高裁判決では「相続財産中に可分債権があるときは、その債権は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではないものと解される。」と判示されていることを加え、預貯金債権を可分債権と解釈することで、相続開始と同時に、遺産分割を経ずに、当然に法定相続分に応じて分割されるものと解釈されてきました。

 

具体的には、例えば、2人の相続人A、B(そのほかには相続人がいないものと仮定します。)が相続した遺産の中に、500万円の価値のある不動産が含まれている場合には、その不動産をA、Bどちらが承継するのか(若しくは共有とするのか)を遺産分割協議により定めなければ所有権移転登記手続ができないなど、相続手続を進めることができません。

 

他方、500万円の預金については、A、B が相続により、それぞれ250万円ずつ預金債権を取得したと考えるため、遺産分割協議などを経ずとも、取得した250万円の範囲内で権利行使できることになります。

 

A とB との間で協議がまとまらない場合、A は自身が当然に相続した250万円については、当該金融機関に対して、払戻請求をすることができました。

実際には、トラブルへの巻き込まれや二重払いのリスクを回避するために、任意の払い戻しに応じない金融機関も多く、金融機関に対する払戻請求訴訟の提起しなければ払い戻しができないケースも散見されました。

平成28年12月19日最高裁決定、平成29年4月6日最高裁判決の概要

これに対し、平成28年12月19日最高裁決定は、従前の判断を変更し、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」と判断しました。

つまり、法定相続分により当然に分割されるのではなく、遺産分割協議等により承継方法を定めなければならず、他の共同相続人を無視して相続分に応じた払戻請求が制限されることが確認されました。

 

預金債権は、遺産分割までの間、共同相続人全員が共同で行使しなければなりません。

最高裁は、金融機関に対する預金債権を1 つ(1 口)の預金債権と捉えることで、可分債権としての当然分割を否定する結論を導き出しています。

そして、上記最高裁決定では、定期預金、定期積金については直接判断がされていませんでしたが(平成28 年12 月19日最高裁決定は、ゆうちょ銀行の貯金が問題となった事案でした。)、平成29年4月6日最高裁判決では、定期預金、定期積金についても、同様に遺産分割の対象となる旨が判示されました。

実務への影響

これらの最高裁の判断を前提とすると、普通・定期の差異にかかわらず、預金債権は、遺産分割までの間、共同相続人全員が共同で行使しなければなりません。

そのため、遺産分割の成立までに長期間を要する場合には、共同相続人内で反対する者がいれば、預金の解約等が不可能となることになります。

 

特に支障が生じうる場面としては、葬儀費用の支払いや相続税納税資金のために預金の一部払い戻しを行うような場合です。

共同相続人内に1人でも同調しない者がいれば、単独での払戻請求ができないわけですから、一部払い戻しを受けられず、葬儀費用等の用意に困難が生じることが考えられます。

特に葬儀費用は、葬儀を開催した直後に費用の請求がなされることが通常である一方、遺産分割がまとまるまでには一定程度の期間を要することから考えれば、支払いに支障が生じることが容易に想定されます。

 

これに対し、仮分割の仮処分という裁判所の保全手続を利用して、一部の解約を実現させる方法や、預金の一部についてのみ先行して遺産分割を行う一部分割調停などの方策による対応を指摘する意見もあります。

しかし、これらの仕組みの利用が定着するまでは、現実的ではないと考えられます(特に、即座に支払いを要する葬儀費用等の支払いについては、仮処分により裁判所の決定が出るまでの期間や調停により解決に至るまでの期間を考えると、現実対応は不可能といえます。)。

今後の対応について

従いまして、葬儀費用等の支払いに備えるには、被相続人の生前より対応を検討せざるを得ないということになります(とはいえ、現在も、実務上、被相続人の死後は共同相続人全員の同意のない払い戻しには任意で応じない金融機関が存在しており、その対応として生前から葬儀費用の工面について検討をされていた方にとっては対応に異なるところはありません。)。

 

具体的な対応策としては、実際に必要となる現金を事前に準備しておく、というだけでなく、遺言書を作成し遺言執行者を選任することで遺言に基づく預金の解約・払い戻しができるようにしておく、遺言代用信託の利用などが考えられます。

 

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 朝妻太郎

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2017年10月5日号(vol.213)>

※掲載時の法令に基づいており、現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。